医療系雑貨生みたて卵屋
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錬金術師の資料室 STORY

ー 1907/2/13 ー
一昨々年に大往生で祖父が亡くなったのだが、思っていた以上に資産が多く相続や分配に時間が掛かった。私は祖父の所有していた建物の処分を任され、地方から東京へやってきた。
元々は地方で江戸時代の始めに成り上がった豪商の家系だったのだが、武士との取引が中心だったため武士の衰退と合わせて、江戸の中期には商売も落ちこんでいたらしい。
それでも、幕府との付き合いがあり維持していたが明治維新で幕府と共倒れしてしまったのだという。
東京にあった建物は、江戸へ寄った際の住居兼商談室のようなものだったと聞く。
こじんまりとした建物の他にも少し離れた所に蔵があり、元々は商材等の保管に使っていたらしいが、近くに大きな蔵を建ててからは使われていなかったらしい。
大きな蔵は商売を畳んだときに売却されてしまったが、ここは個人所有のため残されていた。
蔵には遺産整理の際に立ち寄った親族によって値踏みされ目ぼしい物は持ち去られたようだが、大きな金にはならないが質の良い道具や雑貨がたくさん残されていた。
嬉々として荷物を漁っていると壁面に扉がある事に気付く。
家具に紛れて分かりづらくなっているのと、開きづらい工夫が施されている。
隠し扉なのだと気付き、思い返すと確かに室内が外見より一回り狭い。
なんとか扉を開くと扉の先の地面にはホコリが積もっており、長い間未踏の領域だった事がわかる。興奮しながら先に進むと階段になっており三階まで上る事が出来た。
三階には鍵が掛かっていたが、預かっていた鍵のうち用途不明だった鍵を差し込み回すと難無く開く事が出来た。
扉を開くとそこには見慣れない物で溢れていた。
古くて異国の空気を纏い、怪しく難解で奇妙な物たち。
好奇心を唆られた私はそれが何なのかしばらく籠り切りで漁り続けた。
どうやら錬金術と呼ばれる西洋で研究されていた学問の資料や材料らしい事がわかった。
資料に紛れて手記もいくつか見つかった。
手記の書き手は字の癖や記された紙の違いなどからみても、幾人も関わっていたことが分かった。しかし、どれもくずし字で記されており読解するのは容易ではなくほとんど理解出来なかった。外国語で記された資料の方がまだ調べやすかったくらいだ。
親より上の世代ならまだくずし字を読める人も多い。
助力を求める事も考えたが、自分だけの秘密がばれてしまうのは惜しいという思いがあり、ひとりでうんうん唸る事を選んだ。
そんな状況でも分かった事がいくつかある。
この部屋のそもそもの発端は17世紀まで遡る。
当時、長崎の平戸島ではヨーロッパ諸国の商人が相当数出入りしていたようで、問屋業を商いにしていた先祖も頻繁に通っていたという。
当時では珍しいものがたくさん揃っており、それらが事細かに記されていた。
その中でも香辛料や薬種に興味が惹かれたようで、それが後々の生業にもなっている。
平戸島はキリスト教布教の始まりの地のようで、キリスト教徒が比較的多い土地だったようだ。先祖としては最初はキリスト教に興味はなかったのだが、輸入品の中にあった「アクアミラビリス AquaMirabilis」という薬液を手に入れてから執心し始めた。
鎖国政策でキリスト教の弾圧が強まっている時世だったのだが、このアクアミラビリスを生産しているのがイタリアにあるキリスト教の修道院であることを知り、色々と調べているうちに興味を持ったようだ。
キリスト教の布教が禁止されている中、布教する気のないオランダ人から教えてもらっていたというのだから、なんだかおかしな話だ。
この部屋ではないが、この部屋の前身となる部屋が長崎のどこかにあったらしい。
その部屋はキリスト教を隠れて信仰するための部屋だったと言う。
キリスト教の弾圧が厳しかった事、平戸島のオランダ商館が出島に移った事を機に、商いが軌道に乗ってきた事で江戸に作ったこの倉庫に部屋を移動したようだ。
確かにこの部屋を見渡すとキリスト教に関連したものも少なくない。
しかし、少し歪さを感じるのは錬金術に根差したキリスト教なのかもしれない。
キリスト教以外の宗教図像も混在している。錬金術とは雑多なものなのだろうか。
部屋に所狭しと万物が入り乱れている様を見るときっとそう言うものなのだろう。
さて、アクアミラビリスは病気時に飲用、傷口に塗布、気つけ薬、体を綺麗にしたり、伝染病の予防、さらには美容にも効くとされ正に万能薬とも言えるものだった。
アクアミラビリスには多種多様な製法が存在ある。
大まかな製法は様々なスパイス、ハーブ、果汁等と白ワインを蒸留したものを併せ一晩寝かせ再蒸留したもので、効能もさる事ながら爽やかな芳香が特徴的だった。
その素晴らしい香りは風呂などには入らなかった西洋の人たちの身嗜みにも活用されていた。
アクアミラビリスとは単独の商品名という訳ではなく香料入りのアルコール溶液の総称で、「奇跡の水」を意味する名前だ。
元々は「アクアヴィータ AquaVitae(生命の水)」と同じく蒸留して濃度95%に近いアルコール液の呼び名だった。
錬金術師達がエリクサーの精製を目指す過程で、アクアミラビリス・アクアヴィータには様々な物質が調合された。
そして生まれたのがエリクサーと呼ばれる薬酒系リキュールや、アルコール溶液に香料が溶け込んだ香水と言う事だ。化粧水も同じ系譜と考えられる。作られ始めた頃にこれらには明確な違いはなかったようだ。
たまたまなのか出来上がったものに香水のようなものが多かったのだろう、アクアミラビリスには香水としての意味が備わったようだ。
最初にこの部屋を作った先祖はとにかく錬金術に関連するものを買い漁っていたようだ。
平戸島からオランダ商館が移った後も、それまでほど頻繁に通うことは出来なくなったがそれまでに出来た伝手で蒐集を続けていた。
蒐集もそうだが知らない異国の話、その中でも奇妙キテレツな錬金術の話がとにかく楽しかったらしい。医療や占星術、伝承や魔術、自然にある物質が混ざり合う不思議な話がまとめられている。
当時の欧州では錬金術が盛んだったようで、どこの国の錬金術師が金を作る事に成功しただのどこぞの錬金術師は詐欺師で投獄されただの、嘘か本当かわからない賢者の石やエリクサーの製法等が丁寧にまとめられている。
会場ではもう少し、この日記の続きが読めます。
奥の机の引き出しに冊子を入れておくので、よろしければお読み下さい。
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